おしらせ

なお、現在はフェイスブック古川裕倫(https://www.facebook.com/FurukawaHironori)とフェイスブック世田谷ビジネス塾(https://www.facebook.com/groups/setagaya.biz.juku/)に近況などの書き込みを行っております。

ちなみに現在ゴルフも休止中です。早や10年になりますが、また復活するかも知れません。なんでもやりたがりなのですが、どれも中途半端になるのがいけません。

先人、吉田兼好いわく「何方(いずかた)をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」。

非常時にJRは山手線だけでも運行すべし

非常時にJRはせめて山手線だけでも動かすべき
-大都市パニックに対する鉄道事業者の社会的責任-
-非常時にこそ必要なリーダーシップー

今回の地震当日(3月10日)のJR東日本の対応は、
地震よりひどいものであった。
 
地震発生後、他の鉄道会社に先んじて
JR東日本が早々に「本日休業」を決めた。
確か、10日の午後7時か8時ごろに発表したと記憶する。

安全運行を考えることは重要ではあるが、
大都会の人の輸送に対する社会的責任も同時に
認識する必要がある。

ほとんどすべての私鉄や地下鉄が、
地震後路線や設備の点検をしたあと、
運転再開したにもかかわらず、
JR東日本はその一部さえ運行を再開しなかった。             

大都市は、そのインフラの一部の機能を失うだけで、
時に全体機能を失ってしまう。

多くの人が歩道や車道を埋め尽くして
オフィスから自宅に徒歩で帰り、
帰れぬ大勢は寒い地下通路や駅周辺の
ビルのロビーで夜明かしをするということになった。
 
JR東日本は、なぜ山手線だけでも再開しようと
しなかったのか。都市のインフラ機能を担う
他の鉄道は、それなりに貢献していた。
大都会に取り残された人たちのために、
人員輸送という使命を全うした。
ほとんどが朝まで運行していた。大変立派である。

他の鉄道会社は、儲けるために早期運転
復旧したのでない。採算性の低い終日運行を
したことからも明らかである。やはり、鉄道事業者として
社会的義務を果たしたかったのであろう。

私は、地下道で夜を過ごしている大勢の男女を
横目に見ながら、午前3時ごろに地下鉄半蔵門線と
田園都市線の大手町から駒沢大学まで利用して帰宅した。

途中の渋谷駅に着くまで8割ほど座席が埋まったが、
立っている人はいないぐらいの混みぐあいであった。

繰り返しだが、JR東日本は、メトロポリタン東京の
大動脈たる山手線だけでもなぜ動かさなかったのか。
路線検査で重大な欠陥があったのであれば、
そう発表すればよい。

他の私鉄や地下鉄に復旧後の終夜運行ができ、
JRにできない理由は何なのか。

山手線を動かすことでどれだけの人の移動に
貢献できたか。安全性を優先するという名目を
掲げたのかも知れないが、社会的責任を考えないで
早々と本日休業を決め込んだJR東日本の考え方に
多いに不満である。

当日、私は丸の内のある会社で缶詰になったので、
結果、仲間10人近くと会議室でテレビ報道を
午後3時ごろから翌早朝3時ごろまで
事細かに見ることになった。

「今日は運転を行わない」との早々の発表に対して
「エエッ?」という仲間の声が上がったが、
「いや、今日は運休と言ったのであり、
夜中12時を過ぎて明日になれば、
なんらかの対策を打ち出すのかもしれない」
という希望を持った意見もあった。

しかし、それは現実にはならなかった。
それどころか、翌日になっても、再開はずいぶん遅かった。

企業は、多くの場合、不確定要素やジレンマを含めた中で
意思決定を行うのが常である。また、自分の保身のみが
大切という意思決定ではいけない。

平時のリーダーはだれでもできる。
非常時こそ本当のリーダーの出番である。

冷静沈着でいなければいけないが、
同時に事の重要性や社会的意義も考え、
大胆な意思決定を下す必要がある。

私は、国鉄からJRに変わって、従業員のサービスが
驚くほどよくなったと評価していたが、
今回の情けない意思決定を見て大変落胆した。

重要事項の意思決定など本質は国鉄時代と
何も変わっていないのだろうか。

会議室にいた仲間の一人がこういった。
「あれば、一番新参者の私鉄ですから」と。
なるほど首都圏で一番新しい私鉄である。

しかし、元々国家の事業であり、また最要地区の路線を
保有する事業者である以上、他の私鉄をリードする
企業であって欲しいものだ。

もし、国鉄時代からの「親方日の丸」意識が継続している
のであれば、なんとも情けないことである。

古雀

「坂の上の雲」松山(愛媛県)への旅。

松山に行ってきました(9月20日~23日)。
「坂の上の雲」の街、松山を堪能させて頂きました。

緑の山上に松山城があり、
堀の横を路面電車が走る、
ほのぼのとした心あたたまる街。

司馬遼太郎さんの大ファンであり、「坂の上」キチである私にとって
松山はずっと行きたかった街です。

訪れたところ

「坂の上の雲ミュージーアム」
「秋山兄弟生誕地」
「松山城」
「北予中学校跡」=県立松山北高校
「道後温泉」
「秋山好古のお墓」
「子規記念館」

「春や昔 十五万石の 城下かな」(正岡子規)

路面電車にも公募で選ばれた言葉が書かれている

「笑顔は世界の共通語」
「始まりはいつも小さい」
「ピカソはピカソ、私は私」
「君の速さで歩(ゆ)けばいい」など。

松山の街のあちこちに俳句を投稿する箱がある。
これは路面電車の中で見かけたもの。

県立松山北高校校門(=北予中学校跡)

晩年の秋山好古が、校長を務めた。
毎日、この校門に立って、登校してくる生徒に全員挨拶をしたという。

私が高校に到着したとき、一人の先生がそこに立たれていて、
下校する生徒にさわやから挨拶をされていた。

アレッレ!まさに好古先生だと、思った。
「いえいえ、学校の周りをランニングしている運動部の
指導をしているだけです」とご説明されたが、
私は、好古校長を見たような、ぬくもりを感じた。

「校門で 生徒見送る 好古を
見かけたるかな 北高校」
と自分のメモ帳に書いてしまった。

見知らぬ旅人であるのに、ご親切に学校中の資料館まで見せて頂いた。
(たしか)NHK松山支局制作のテレビ番組でも
紹介されていた好古校長の資料もじっくり拝見させて頂いた。
今回の旅で、最も感激した場面だった。
O先生、ありがとうございました!

学校には、こういう横断幕が掲げられていた。
「社会貢献できる人材の育成。-感謝から自立と共生へ-」
すばらしい!

秋山好古校長

松山の魚

とても新鮮で美味しいお魚がいっぱい。
お刺身コリコリ(感激)、お酒グイグイ(反省)でした。
木村さん、お付き合い頂きありがとうございました。

「ばびぶべぼ」の特徴をアメリカ人が教えてくれた

5月13日

日本語が上手なアメリカ人の友達Brianから学んだこと。

日本に長いBrianとは、いつも居酒屋での一杯となる。
「焼き魚は何がありますか?」と流暢な日本語で店員に聞いている。

私はあんまり得意ではないのだが、鯛の兜焼きなんぞは
大好物だそうで、ややこしいつくりの兜から箸で器用に身を
せせり出している。飲み物は、やはり日本酒。

極めてGENTLEMANであって、飲み方にも品格がある。
笑顔のいいNICE GUYである。

先日、一杯やりながら、このブログでご紹介した
「あいうえお人間になろう」「かきくけこ人間にならない」
というのをBrianに説明したら、「なるほど!」と共感してくれた。

その話題が終わりかけたときに、今度は彼が日本語の特徴を
一つ指摘してくれた。「ばびぶべぼ」は、汚い言葉が多いと。

56年間も日本人をやっている私が初めて聞いた話だ。
でも、言われてみるとその通り。

ば バカ、罵倒、
び 貧乏、ビロウ
ぶ ブサイク、ブタ、ブス
べ 便所、
ぼ ボケナス、ボンクラ

非常に日本語が上手いが、常に、電子辞書をマメに動かしている。
もちろん居酒屋でも。

「ばびぶべぼ」の例で分かるように、日本語の単語習得にも
ずいぶん努力してきたんだと、よ~く分かった。

たいしたものだ。こちらももっと勉強しなければと思った次第。

変わるマス媒体、NHK教育テレビがおもしろい

NHK総合放送のドラマやドキュメンタリーも充実しているが、
最近のNHK教育テレビは、特によくできている。
民放の下手なバラエティーなどより、よっぽどおもしろい。

知る楽しみを発見でき、なにかをやってみようという行動意欲に駆り立てられる。

例えば、語学番組。一昔前は、学校の先生の顔がアップで現れ、
教科書を読んでいるような説明をしていた。

動詞の変化や文章構造など学校で教えているのと同じような説明が
大半を占めていたように思う。

例文も文法を説明するための例文も内容の薄いものであった。

過去の世代である我々は、「This is a pen. I am a boy.」
という悲劇とでも言いたい例文から英語を学ばされた。

「This is a pen.」は、まだいい。
それをそのまま使う場合も考えられるからだ。

「I am a boy.」は、絶対に教科書に出てきて欲しくない例文である。
私は、生まれてからこれまでに一度も、誰に向かっても
「I am a boy.」と言ったことがない。
私は、少女には絶対に見えないだろう。
誰に向かってこのセリフを言うのだ。

過去は、例文自体が、実践使用を踏まえないつまらぬものが多かった。

今は、ストーリーがおもしろい。
リトルチャロなどはよくできている。
先日、リトルチャロの第2弾がもうすぐ出るとの番宣をやっていた。
楽しみである。

語学の例は何でもいい、無味乾燥でもよい、ではないだろう。
そうではなくて、胸が動かされるようなストーリーと、心に突き刺さるような
セリフを期待したい。

語学の勉強だから、意味不明の例文でも、我慢しろ?
それより、語学はよく分からなくても、次になにが起こるか知りたい、
次が楽しみだというような、いいストーリーを見聞きしたいものだ。

続く。

変わるマス媒体(提言、スポンサーの見える化)

また、昨日の続きで恐縮である。

番組スポンサー名を「見える化」したらどうだ

スポンサー側にも提案したいことがある。

主流であるかどうかは別にして、企業イメージを大切にして
良質の番組をスポンサーしている企業もある。
また、効率的な広告を求めて、視聴率に神経を尖らす企業もある。

出稿する企業も社会の一員であって良質な番組を提供したいのか、
それとも視聴率という無味乾燥した尺度による宣伝効果だけを求めるのか、
視聴者の一人として興味がある。

視聴者が、良質の番組を提供する企業に共感し、また、
良質の番組を制作するテレビ局を好きになることも十分ありうる。

しかし、それぞれの番組にどんなスポンサーがついているかということは、
視聴者は、番組を見てみないと分からない。

ネットでよいから、どの局のどの番組にはどの(タイム)スポンサーが
付いているか、分かるようにしてみるのはどうか。

クオリティの低い番組を提供している会社が
一目で分かるようにすればよいと思う。

いい企業は、いい番組のスポンサーになってほしい。
そして、いい番組を増やして欲しい。
社会貢献にもなるだろう。

たった数百人のサンプルから機械的に算出される
視聴率を気にして、目先の宣伝効果にこだわるのか、
それともいい番組を提供することによって
いい企業イメージを構築したいのか。

しつこいが、視聴率は「昨日の結果」でしかない。
もし、それだけに局やスポンサーが踊らされているとすれば、
これはおかしい。

会社の目標であっても、短期と中長期がある。
人材育成についても、短期と中長期的な視野がある。

テレビCMや番組は、「昨日の結果」しか評価しないのか。

私は、そこのところに非常に大きな疑問と興味がある。

何を大げさにと言われるかもしれないが、
日本の文化や道徳を若干でもよいものにするには、
そんなに大きなパワーはいらない。

今の家庭教育や学校教育を受けた新入社員は直ぐには
使い物にならないと企業が思うのであれば、
テレビの内容を少しよくするだけで大分変わってくると思う。

いい番組を提供すればよいことであり、
我々はどの会社がどんな番組を提供しているか、
よ~く、ウォッチしていればよい。

チョッと、力が入ってしまった。これが年寄りのいけないところである。

続く。

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