おしらせ

なお、現在はフェイスブック古川裕倫(https://www.facebook.com/FurukawaHironori)とフェイスブック世田谷ビジネス塾(https://www.facebook.com/groups/setagaya.biz.juku/)に近況などの書き込みを行っております。

ちなみに現在ゴルフも休止中です。早や10年になりますが、また復活するかも知れません。なんでもやりたがりなのですが、どれも中途半端になるのがいけません。

先人、吉田兼好いわく「何方(いずかた)をも捨てじと心に取り持ちては、一事も成るべからず」。

佐藤一斎(11)過去の反省はするが・・・

昨の非を悔(く)ゆる者はこれあり、
今の過ちを改むる者はすくなし。
(言志録43)

(現代語訳)
過去の失敗を後悔するものは多いが、
現在の失敗を改めるものは少ない。

(コメント)
過去の失敗をくよくよしても始まらない。
それを糧にして、今の仕事に生かして、
現在の仕事を進めるべき。そのためにも
今行っていることが正しいかどうか、
素直に自問したり、部下からの声を
聞いたりすることである。

過去の失敗を認めない上に、現在の
仕事の進め方に反省をしないのであれば、
もっとひどい。おそらく、将来のことなど
正しく意志決定できない。先例を踏襲するだけか、
意志決定を先送りするだけだろう。

将来の失敗を恐れて決められないものは多い。
意思決定とは、将来の不確定要素を踏まえて
行うもの。

この一斎の言葉からすぐに連想することは、
「昔もっと勉強しておくべきだった」という
「しなかった」ことに対する反省の弁である。

私も過去の勉強不足は否めないが、
これを言っても始まらない。そんなことを
思う暇があるのなら、今から始めることだ。

一斎の有名な言葉に、次がある。
「少にして学べば、壮にして成すことあり。
壮にして学べば、老いて衰えず。
老にして学べば、死して朽ちず」

少年時代に勉強を始めれば壮年になって
成功することがある。
壮年で始めれば、年を取っても衰えない。
年を取って始めたら、
生き方や考え方は死んでも朽ちない。

古雀

佐藤一斎(10)自分の分相応を知ったら、次は?

「分(ぶん)を知り、しかる後に足るを知る」
(言志録42)

(現代語訳)
自分の身分を知って、物事が足りていることを知れ。

(コメント)
短い文章だが、深い。

前段については、今は身分制度がないから、
自分の「身の丈(たけ)」と解釈していいだろう。
自分や会社の身の丈に合った行動をしっかりと継続的にすることが大切。

後段が我々の問題である。
とほうもない私欲を持ち続けるのが人間であるが、
儒教は足りていることを知れと教えれくれる。

自分が人を押し退けてでも自分が得すればよい、
また相手のことはおかまいなしに我が社が
儲ければそれでよいというのは、足るを知らない。

特に仕入先や下請け会社に対して、無理難題を平気で
押しつける大企業病をよく見かける。長続きはしない。

自分も大会社に勤めていたときに、こんなことを
さんざんやっていたに違いない。今から思うと赤面である。

また前段に戻るが、念のため、佐藤一斎は
大きな志を持てと言っている。

自分や自社のキャパシティーは知っていることと、
大きな志を持つことは、違うことである。

古雀

佐藤一斎(9)富貴は春夏、貧賤は秋冬なり。

富貴はたとえば春夏なり。
人の心をして蕩(とう)せしむ。

貧賤はたとえば秋冬なり。
人のこころを粛(しゅく)ならしむ。

ゆえに人富貴においてはその志を溺(おぼ)らし、
貧賤においてはその志を堅(かた)うす
(佐藤一斎、言志録41)

(現代語訳)
お金持ちであるとか身分が高いとかは、
たとえると春か夏でであり、心をとかす。

貧乏であるとか身分が低いとかは、
たとえると秋か冬であり、心を引き締める。

(コメント)
業績好調の会社が、危機感がなく変化に対応できず
知らぬ間に没落することがある。

反対に、瀕死の会社が、危機を察知して、社内一丸となって盛り返すこともある。

一流な会社や社員は、常に危機感をもって、
革新に取り組んでいる。

古雀

佐藤一斎(江戸後期の儒学者)に学ぶ(8)

人の賢否は、初めて見る時において
これを相(あい)するに
多くあやまらず
(言志録、39)

(現代語訳)
人が賢かどうかは、初対面での印象が、
多くの場合間違いではない。

(コメント)
いかに第一印象が大切かを説いている。

私が進入社員の頃、上司から言われたことは、
最初に人に誤解されると、毎日会っても、
誤解を解くのに3ヶ月はかかる。
だから、そういう無駄は最初からしないことだ、と。

古雀

佐藤一斎(江戸後期の儒学者)に学ぶ(7)

佐藤一斎(7)

よく人を容(い)るる者にして、
しかる後もって人を責むべし。
人もまたその責を受く。

人を容るることわたわざる者は
人を責むることあたわず。
人もまたその責を受けず。
(言志録 37)

(現代語訳)
人を受け入れる度量があって、
初めて人の欠点をとがめる資格がある。

人を受け入れる度量がなければ、
人をとがめる資格がない。
また、とがめられた人もそれを受け入れない。

(コメント)
自分のことは棚に上げて、あれこれ
部下を注意をする上司がいるが、
これでは部下は言うことをきかない。

自分のすべきことをしないで、
何事も上司のせいにする部下も、
大事なときに上司は本気で動いてくれない。

きわめて当たり前の話であるが、
よく見る光景である。

古雀

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