(第二回)講師:島田精一氏

主催:株式会社多久案(たくあん)
後援:株式会社三笠書房

仕事力と人間力~「前向きに、明るく、逃げず、知ったかぶりせず」の哲学

講師島田精一氏 (独立行政法人住宅金融支援機構 理事長)

Seiichi Shimada 1937年 東京都生まれ
1961年 東京大学法学部卒業
1961年 三井物産株式会社入社
1970年 イタリア三井物産
1985年 メキシコ三井物産副社長
1992年 三井物産株式会社取締役情報産業本部長
2000年 三井物産株式会社代表取締役副社長CIO
2001年 日本ユニシス株式会社代表取締役社長CEO
2005年 住宅金融支援機構(旧住宅金融公庫)総裁

島田精一さんについて

 島田さんは、仕事ができるビジネスマンであり、人間力が極めて高い。また、志が高く、熱い人物です。今回は、お忙しいところ無理を言って、第2回のプラチナビジネス塾での講演をお願いしました。

 メキシコ三井物産駐在時には無実の罪で投獄され、まさに地獄を経験されました。そういうところでたくさんの書物を読んで勉強されたそうです。また、イタリアをこよなく愛するグローバルな人物であり、外国のリーダーからも尊敬されている楽天家でもあります。

 島田さんをメンター(良き助言者・指導者)として慕う部下がこれほどたくさんいるのかと驚きます。私もその一員であり、少しでも島田さんに近づきたいとあこがれています。熱意、能力、知識のどれをとっても群を抜いておられますが、御自分は決して高い視線からの話はされません。誰にでも自分から声をかけ、自分の失敗談もオープンにされる。親しみと人間臭さを強く感じる人物です。また、話を聴く周りの人に熱意がぐんぐん伝わってきます。どんなときにも前向きに行動され、戦うべきところは戦うという姿を若手に見せて下さり、大きな勇気と感動を与えて頂けます。

 といっても、島田さんも人間であり、若いころからそのすべてができていたとは思えません。いつ何を感じられて、どのようにして今の島田さんがあるのか、そういうプロセスを含めて是非今回うかがってみたいと思いました。大きな感動を与えてくれる島田節をぜひお楽しみに。

古川ひろのり

日時平成21年2月20日 金曜日

会場ベルサール飯田橋

参加企業名

アオイテック、旭化成ホームズ、アクタス、アップルジャパン、オークネット、大阪ガス、和晃(わこう) 京菓子、上牧温泉辰巳館、かんき出版、協進印刷、KKベストセラーズ、サンゴバン・セラミックマテリアルズ、じぶん銀行、島津テクノリサーチ、住宅金融支援機構、ジュリアーニ・セキュリティ&セーフティ・アジア、情報技術開発株式会社、全国警備業協会、第一生命保険相互会社、ディスクガレージDeviX、Inc(デビックス)、DUO柏中央、テレビ東京、日経BP社、日興コーディアル証券、日本経済広告社、日本実業出版社、日本駐車場開発、日本テレビ、日本ファインコーティング、ネッツトヨタ東京、パナソニック、BARCA,LLC、日比谷パーク法律事務所、ピュアコーポレーション、扶桑社、ベルシステム24、マグネットコンパス、三笠書房、三井物産、水戸証券、メディアファクトリー、ライムライト・ネットワークス・ジャパン、脇坂税務会計事務所 【順不同】

島田精一さんの講演「仕事力と人間力」を拝聴して

プラチナビジネス塾 古川ひろのり記

Seiichi Shimada

 開演15分前の会場は、100名を越える中堅、若手ビジネスマン、自営業経営者、大学生などで満席。机を並べたスクール形式で72名キャパの会場だが、申し込みが多く、会場の後ろ半分は、机をはずして椅子だけにして対応した。

 島田さんは三井物産時代の大先輩であり、私はメンターとして尊敬している。島田さんをメンターと仰ぐ三井物産情報産業本部の仲間が20名近くいて、年2回会合を定期的に行っている。島田さんのお名前の一字と「前向きに、明るく、逃げず、知ったかぶりせず」という島田語録の一字を頂いて「精明会」と名前付けたのが、初回の8年前。
 そのメンバーが集まるたびに、島田さんのお話を伺っていつも感動と元気を頂いている。本来若いこちらが元気を差し上げなければならないのだが、こちらがいくら勉強をしても追いつかない。ますます知識や考え方の差が広がるばかりだ。毎日忙しくお仕事をされているのに、いつあれだけ勉強をされているのかと驚き、毎回頭が下がるばかりだ。

 「人間、歳と共に広がっていく人としぼんでいく人がいる」と私の知人が語っていた。島田さんはもちろんその前者だ。広がっていく人はどんな人間なのかとメモに書いていたら、「(あ)明るく、(い)活き活きと、(う)上を向いて、(え)笑顔で、(お)おもしろい」と「あいうえお」で始まる人間ではないかと思いついた。その反対は(私も含めて)、「(か)かたくなで、(き)気ままで、(く)暗くて、(け)ケチで、(こ)恐い」ではないかと思う。

 この日の講演にはチョッと別の観点からのお願いをしていた。島田さんから「ビジネスパーソンはこうあるべき」、「経営者はこうあるべき」とのいわば完成形についてのお話と、過去のエピソードは断片的には何度か伺っている。今回は、完成形の話ではなく、今の島田さんになられたそのプロセスを伺いたい。島田さんも元々は普通の人間であったはずであり、何をきっかけに、どうやって成長されてきたか、そういうプロセスを塾メンバー特に若手によく分かるようにご披露頂きたいと無理を申し上げていた。

 島田さん登壇される。
 講演は、3部構成のレジュメのトップ「イタリアでの経験」からスタート。20代に会社派遣で勉強されたイタリアの話。「生きることは喜びなるかな。この一瞬を完全に生きるべき」というロレンツォ・ディ・メデッチの詩やゲーテの言葉がポンポンと飛び出す。イタリア人は明るいだけではなく、生きることを楽しみとした上で、納得しないと行動しない人種であるとのご説明だった。面々とイタリアの話が続く。聴衆はイタリアをイメージし、聞き耳を立てている。物音一つもしない。

 講演が始まって45分間ずっとイタリアの話だ。まだまだイタリアのことについては語りきれないとのご様子ではあったが、島田さんの三井物産入社当時の話題に遡る。
 入社当時、自分の上司から「勉強せよ」との言葉に共感されたそうだ。ゴルフや遊びに熱心な商社マンが多い中、その上司も勉強家であり、他の人とはチョッと違う社会人のスタートだ。本を読み、勉強をしようという志がその当時からあったそうだ。
そういう人が、真剣に明るい人生を送るというイタリア人と接して、明るくあることの重要性を発見される。勉強家であるが、決して頭でっかちではないネアカの島田さんのスタートがここにある。
 メキシコ三井物産の副社長のときに、同地で投獄されてしまう。無実が証明されるまで何と195日間。いつ釈放されるかの見通しは立たず、生きて帰れるかどうかも分からぬ不安な日々を過ごし、悲痛な思いが続く。差し入れられた本に高杉晋作の「おもしろくなき世をおもしろく、すみなすものは心なりけり」(この世がおもしろいかそうではないかは、自分の心の持ち方次第)という辞世の句で、絶望感から抜け出すことができた。「朝の来ない夜はない」「夜明け前が一番暗い」とは、苦しいときでも必ずよいときが来ると信じて前向きに努力することだ。
 イタリアで明るく前向きに生きること、メキシコで地獄を経験後、米国ハーバード大学(MBAシニアコース)で、異業種との出会いがあり、ITと経営をじっくり勉強する機会に恵まれる。それらの経験が、三井物産の情報産業本部の立ち上げに繋がる。

 レジュメ第2部の「メンター」に話は続く。
 三井物産に入社していろんな上司に出会った。若干名尊敬する上司はいたが、いいとは決していえない上司のほうがずっと多かった。よくない上司に出会ったら、反面教師として捉えることだ。「自分は将来決してそうならないように、そういう上司のどこがおかしいのかをノートすることです」「人間は直ぐに忘れてしまうから」との話に会場がなごむ。いつの時代もダメな上司がたくさんいるということだ。
 普通、できない上司がいれば、部下はやる気をなくしたり、愚痴先行となってしまったりだか、そうではなくて、反面教師をしっかり見つめ自分の糧にしなさいとは、前向きな島田さんらしい。ノートに記入するには冷静になって考えてみる必要がある。将来自分ができない上司にならないだけではなく、今、無用な感情論として捉えないという利点もあると言われているのだと感じた。
 島田さんが大学を卒業するときに教授からこう言われたそうだ。「薄い雲が山にかかっているとき、山頂からは下が見えない。だが下からは山頂が見える」、「会社においても、上司は部下のことが見えないが、部下からは上司のことがよく分かる」と。島田さんは入社後この言葉を実感されたそうだ。職位が上がると現場のことが見えず、また部下の意見を聞かなくなってくる人が多い。
 島田さんが役員をされていたころも、自分の部屋にこもらずに、社員のフロアーにしょっちゅう来られたのを思い出した。空いている席に座るや、「○○君、どーかね?」と問いかけ、熱く持論を語る。大事な話は何度でもされる。「経営は発信」「経営は継続と繰り返し」の口癖の通りに。それも大きな声でされる。顔は若手社員の方を向いてはいるが、実は周りの中間管理職にも言い聞かせておられたのだと私は理解している。

 次に第3部の読書に島田さんの話が移る。いろんなことを学ぶことは大切だ。「読書は人間形成を加速する」。なるほど、この言葉は説得力が非常に高いと感じた。戦国時代、幕末・明治維新にかけて、第二次大戦などは興味深く、時代の大変革期だけに、そこから学ぶことは多い。作家や学者で言えば、司馬遼太郎、城山三郎、塩野七生、丸山眞男など。若い人は、城山三郎の「祖にして野だが卑ではない」と司馬遼太郎の「坂の上の雲」を是非読んで頂きたい。
 自己啓発として、社外の知人・友人をたくさん作ること、勉強会をすること、新聞・雑誌も読むことの他に、毎日の反省が大切だとの指摘があった。毎日床に就くときに、「今日は一日正しいことをしてきたか」「道を違えることはしなかったか」と自分に問いかけるとのお話だった。毎日そうやっているうちに寝てしまわれるそうだ。明るく、前向きに行動して、更に毎日反省をされている。ウーン。
 これを伺って、京セラの稲盛さんが朝晩鏡を見て「正しいことをしてきたか」と自問すると講演で言われたのを思い出した。歳と共に広がっていく人は、自分に厳しく、こういう反省をされているのだと感じた。
 島田さんは三井物産情報産業本部を任されたものの、時代の先端を行く新技術や新分野への取り組みであり、当時の経営トップからは理解されにくい、先の見えにくい分野であったのでたいへんなご苦労をされた。現実は、多額の先行投資を伴い、失敗した案件も少なくない部門であり、部門決算はもちろん大赤字。
 そういう状況下、島田さんが推進する必要があるとご自身が判断し、また部下も「是非やりたい」と強く主張している案件があった。部下は島田さんの社内手腕にも期待している。
 自分の思い、部下の思いを会社に上げるために、トップに何度でも会って説得することは、「明るく、前向きに、逃げず、知ったかぶりせず」という島田さんの信条からすると当たり前かも知れないが、現実の壁は異常に厚く、自分がへこんでしまうときもあった。

 ある朝、出社しようとしているとき、自宅の玄関に座り込んでしまって、一人で立てない。これまでになかった出社拒否になってしまっていたのか、「会社に行きたくない」と生まれて初めて思った。奥様に背中を押されて、迎えの車になんとか乗った。会社に着くと、いつもと同じように社員が「おはようございます」と挨拶をしてくれ、いつもと同じように多くの案件が自分に持ち込まれる。知らない間に時が経っていて、もう夕方になっている。部下の変わらぬ仕事への思い感じると、決意を新たに再びトップの説得に向かってしまう。会社にとっても、社員にとっても、客先にとってもよいことは、どんな困難なことでも進めるべきだ。逃げたくなるが、そうあってはならない。結局、その案件に対して「君がそこまで言うなら進めればよい」とのトップの合意を取り付けることができた。
 あの時、会社に行かなかったり、上を説得することをせずに逃げていたりでは何事も始まらなかった。決して逃げてはいけない。

 いつの世も、新しい仕事がうまくいくと「俺が協力したんだ」という賛同者がたくさん出てくるものだが、失敗すると自分の後ろには驚くほどに誰もいない。そんな時、「私の責任です」と逃げずに言い切ることだとの島田さんのお話に頭が下がる。

 あるとき、島田さんがファーストリテーリング(ユニクロ)の柳井さんとお話することがあったそうだ。「島田さんはいろんな仕事をされてきて、何勝何敗ですか?」との柳井さんの問いに、「ウーンそうですね、5勝5敗か4勝6敗ぐらいですかね」と答えた。その後しばらくして、柳井さんが「一勝九敗」という本を出版されて、ベストセラーとなった。「これには恥ずかしいなと感じた」と言われた。(「そんなことありません」と会場は首を横に振っていて、島田さんと聞き手が一体化している)
 今回の講演に拘わらず、島田さんは自分の失敗談を堂々とされる。出社拒否症や柳井さんのお話などを伺って、参加者は親近感を覚え、こんなに懐の深い人だと感心してしまう。人間力というか人間的魅力の高さを痛感する。スキルを学んだり経験を積んだりすることも必要だが、もっと大切なのはそういう右脳的能力だ。人間力の高さが人を引き付け、人を動かす。人があの人について行きたいと思う人、これが真のリーダーだと思う。

 講演が終わって、会場に割れんばかりの拍手が続き、島田節の余韻が漂う。アッという間の一時間半。参加者は明らかに大きな力と勇気を島田さんから頂いた。興奮気味な笑顔がそれを証明している。

 直ぐに名刺交換会が始まる。島田さんは、さっそく大学生にも自ら声をかけ、新しい人との出会いにご自身の笑顔が耐えない。「あんなに偉い人がまだ勉強会やっておられるのですか」と紅潮した若手から私にも質問が来る。

 向こうから止まぬ島田節と高らかな笑い声が聞こえてくる。島田さんの背中がその日も大きく、大きく見えました。誠にありがとうございます。(了)