古川裕倫の「いろどり徒然草」9月号

定年についての考え方
~終身雇用制度とパッケージの定年制度~

先月は、「働きやすさ」と「生産性」を求めていく上で、会社として残業をどのように位置づけをするか明確にしておくことが重要であると申し上げた。それもバラバラではなく、トップの意向として、役員の総意として、会社全体として、残業についてどう考えるかを決めおくべき、と。つまり、残業を是とするか、非とするか、最小に抑えることを目標とするのか、会社によって基準は違っても、どれか基準を持っておくべき。

昭和の考えでは残業も厭わぬ熱心さは「美しさ」とされ、時には評価の対象となることもあったが、今の考えでは残業も厭わぬことや有給をほぼ使わないのはブラック企業と思われて求職者からも敬遠される。グローバル化を考えても、生産性が低い企業は淘汰されていくのではないか。

今日は、定年に関して。

「定年」とはなにかと聞くと「会社を辞める年齢。会社も従業員も合意している」という答えが普通ではないだろうか。ところが、定年退職する人は「定年退職です」という挨拶はせず、「卒業しました」と言うことが多い。「定年」は辞めなければいけない期限であり、どちらかというとネガティブな感じがするから「卒業」という言葉を使いたいのかもしれない。

「定年」を英語で言うとretirement age。「retirement ageとは何か」と知り合いのアメリカ人に聞いたら、「年金がもらえる歳!」という答えであった。つまり、「年金がもらえるようになっておめでとう」というポジティブな意味が強いようだ。日本でいう定年は「mandatory retirement age」(強制定年)であり、それはアメリカ合衆国では年齢による差別とされ、違法である。航空管制官など敏捷性や安全に関する資質を問われる職業は例外であるが、基本的に年齢によって差別されることはない。

したがって、アメリカでは「◯年以上の簿記の経験を持つ経理要員募集」という求人はあるが、「経理要員募集。年齢◯歳~◯歳まで」はない。業務経験やその期間を条件とすることは構わないが、年齢での差別は違法である。

これまでの日本では、よほどの落ち度がない限りクビにはならないという身分保障と引き換えに定年で引退するという掟があったと言えるかもしれない。ただ、アメリカでは、年齢での差別はないが、決められた業務をちゃんと執行できないとクビになることもある。

定年制度について私見を一つ。着実に少子高齢化が進む日本を考えると、求人に苦労している(するであろう)会社は、定年などにこだわっていないでもっとシニアの活用を考えるべきだと思う。つまり、定年制度を事実上なくす。求人に事欠かない人気企業が定年制度を大事にしたいのはわかるが、求人にアップアップしている会社が自ら足かせをはめる
必要はない。

ただ、給与については、考え直す時が来ているかもしれない。一部ではすでに行われているが、まだまだ過去の制度を引きずっている会社も少なくない。いうまでもないが、勤続年数に比例するのではなく、働きぶりにも応じて給料を決めるべき。若手が成果を出しているならそこの給料を厚くしないといけない。年齢に比例して右肩あがりに給与を上げるのではなく、ピークをもっと前倒しにして結果を出している若手に充てないといけない。優秀であれば、若手もシニアも高くし、そうれでなければ若手もシニアも低くする。そうすると、今は多くの会社が勤続年数に基づいているので、結果的に若手に厚くなる。

仕事の内容や進め方もこれまでとは違うものが求められる。シニアが担当する業務は、管理だけではなく実務もこなし、汗もかく必要がある。(私のように)わがままで偉そうにしているだけでは会社全体がダメになる。それと、物理的年齢と精神年齢は違う。若者のように燃える情熱を継続できるシニアを重用し、他方自分の安全・安定だけを考えヒラメ化している人材はイチから出直してもらうか、お引き取り願うしかない。「過去の栄光を振り返って昨日までのことだけを話す人」と、「これからから何をやろう、何に挑戦しようかと明日以降の話をする人」を区別したい。「今さら~しない(否定形)人」と「これ
から~する(肯定形)人」の違いを知った上での登用が必要である。 

言わずもがなであるが、女性についても能力と気力溢れる人物を勇気を持って登用していきたい。

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